朝はいらない

突然 難病になってしまった。自己免疫肝炎

パニック

突然の入院、難病宣告 検査データーの悪さ

精神的にも整理がつかない だって症状が何一つなかったから

今までは反対側にいた人たちの中に私もいた

こんなにも衝撃を受けるものだとは・・・

今までは、こんな感じ?くらいの甘い甘い考えで接していたが

それは全然違った衝撃だった

いつもそうだが いくら本を読んだり当事者の傍にいても

当人にしか解らない感情の乱れを知らされた

心がこの時点で氷ついて立ち止まりしゃがみ込み一歩も歩けない状態が

今だ続くなんて予想もしなかった

それはそうだろう

やっとやっとやっとあの毒親の父が死んで自由を手に入れたと小躍りしてたのに

その父も死ぬ前爆弾を落として逝ってくれた

最後の連絡を受け朝までの仕事を終わらせ眠い中新幹線に飛び乗り関西の入院先に

面会に言った 最後が見たかったんだ くたばる最後を

でも一歩違いで亡くなってしまった

あれだけ私から搾取し私の人生を自分の手駒として使い自分だけいい人を演じ

逆らえなかった。だって母をいじめると言う卑怯な奴だから

病院について亡骸に会いに職員さんに案内してもらったら

なんか変・・それでも前夜仕事で眠ってないからあまり気にも留めなかったが

落ち着いて兄に話を聞いてみると父は、連絡先を聞かれたとき

兄の連絡先だけ答え娘は東京に居るがかんどうしてるので連絡は取れないと言ったらしい

またそれをそうなんですと答えた兄・・・お前らのために私がどんだけ働いて

苦労したかすべてかんどうってなんやねん

放蕩などしたこともなく馬車馬のごとく働いてきたわ

ふつふつと残る怒り 本人はなくなって素知らぬ顔

兄はへらへら笑ってる 父の子だと改めて知らされた

それでも二度と生き返らない父の死でなんとか今までのあいつの所業を

許せるわけもないけど でももう二度とかかわることもなくなると

複雑な感情のまま葬式を済ま自宅かえってきた

そして一か月もたたない間に入院 難病 就労不可 自由って何だろう

私の人生って何だろう 心の芯の芯まで凍り付きそれでもやることを淡々と

こなしている自分が他人に見えた いや物心ついた時からそうだったのかもしれない

やっと気が付いただけ

離人症 本当の私はずっと前に死んでいる今生きてるのは生きているふりをしている他人 たぶん死ぬまでそうなんだろう

それでも治療のおかげで最悪?は逃れ(あの時死んでいたほうが良かったんだが)

退院後の自宅療養、仕事柄と薬の副作用から就労不可 傷病手当で食いつなぐことになった

とは言っても欲しいものもなく行きたいとこもない 貧しさは子供の時から

叩き込まれているから何とか息はしていられる

さて 疲れた 続きはまた書こう

今夜も寝れないが朝が来そうだ 朝なんか来るな